ワクチン接種が進んだ段階でワクチン接種済みの人たちの行動の制限を緩和し、経済、社会を回していくということがよく言われ、ワクチン接種が日本より進んでいるいくつかの国でそのような取り組みが始まっています。

しかし、ワクチン接種の進んだイスラエル、イギリス、アメリカでは感染者だけではなく死亡者が増加してきています。

本当に、行動制限の緩和をして安心な生活ができるようになるのでしょうか。

大部分の人がワクチン接種を終わっても制限を緩和すれば感染者は増えてしまう

ワクチンの抗体価は2回目接種の約1週間後あたりに最大になり、その後かなりの速さで減衰していくことが知られています。
そのため、時間の経過と伴に、感染予防効果、発症予防効果、重症化予防効果は減衰していくと考えられています。

日本よりワクチン接種が進んでいるイスラエルでの調査によると、それらの予防効果は実際に減衰していく事がわかっていて、特に感染予防効果が最も強く減衰してしまいます。
その結果、ひとつの社会の中には感染引予防能力の高い人から低くなってしまった人までが混在することになります。
ワクチンを接種し終った人全体が持つ感染防止能力はワクチンを接種し終わった人個々の感染予防能力の平均として考えることができますが、感染予防能力の高い人から低い人まで混在しているためもちろん 100 % にはなり得ません。

例えばワクチン接種済みの人たちの平均的感染予防率が 0.5 (50%)、全国民の中でワクチン接種済みの人の割合が 0.8 (80%) であるとしましょう。

この時社会全体としてはワクチンにより 0.8 x 0.5 つまり 0.4 (40%) の分だけ感染拡大の勢いを減らすことができ、感染の勢いはもとの 0.6倍 (60%) になります。
今流行しているデルタ株はひとりの感染者が 5 人から 9 人へ感染させる程度の感染力を持つと言われていますが、これが 0.6 倍になっても 3 人から 5.4 人程度へ感染させてしまうわけで、行動制限などをして人と人の接触を減らさない限り相変わらず感染の拡大をしてしまいます。
もちろん集団免疫には遠く及ばないといえます。

従来株ではひとりから 2.5 人程度へ感染させると見積もられていましたから、ワクチンの効果でデルタ株を従来株より少し強い感染力を持つウイルスへ格下げできるにすぎないということになります。
つまりワクチンの効果だけでは新型コロナ以前の世界に戻ることはできず、2020 年の従来株の世界へ戻れるだけということです。

もちろんワクチン接種率を高めたり、高い頻度繰り返しワクチン接種をすることにより接種者の平均的感染予防率を高めればもう少しましな結果になります。

試しにワクチン接種率を 90%、接種者の平均的感染予防率を 80 % として先のように計算すると、デルタ株を「ひとりの感染者が 1.4 人から 2.52 人程度に感染させてしまうウイルス」へと格下げできることがわかりますがこれではやはり感染は拡大してまいます。

強い行動制限や徹底的な検査・追跡・隔離治療も同時に行うしかありません。
それを行わない限り、ワクチン未接種の人のみではなく接種済みの人もいずれ次々に感染していくことになります。

感染者が増え続ければ重症者や死亡者も増え続けやがて医療キャパシティを超える

ワクチン接種が進み感染拡大の勢いを落とされたデルタ株はそれまでに比べてゆっくり感染爆発していくようになります。
つまり、ゆっくりとはいえ、結局倍々ゲームで感染者を増やすわけです。

ワクチンのおかげで万が一感染したときの重症化率、死亡率はそれまでに比べ低下しますが、感染者のうち一定の割合が重症化、死亡するのでやはり重症者、死亡者もゆっくりと倍々ゲームで増えていきます。

医療キャパシティを超える事態が起きるのは時間の問題と言えます。

感染者が増えればワクチン接種済みの人の重症化や死亡も増える

ワクチン接種により、万が一感染したときの重症化をかなり高い確率で防ぐことができるといわれていますが、その効果は完璧ではなく、時間の経過とともにゆっくりと低下していくようです。
つまり、ワクチン接種により防弾チョッキを着たような状態になるわけですが、防御効果は 100% ではなく時間の経過とともに効果はゆっくりと落ちるというわけです。

感染症の蔓延は、当たると危険な見えない弾が家の外で飛び交っているようなものに例えることができますが、感染者が増えれば弾が増えることになります。
この防弾チョッキの効果は完全ではないので、弾が増え当たる機会が多くなれば貫通してしまう機会も増え、飛び交う弾が少ない時に比べ重症化する機会が多くなることになります。

つまり、感染者が増えれば増えるほどワクチンによる重症化予防や死亡予防の効果を台無しにしていくわけです。

見えない感染者の増加と感染の拡大

ワクチン接種済みの人は感染しても発症しにくくなっているため無症状感染者になる可能性が高くなります。
無症状感染者は、誰かの濃厚接触者として認定され検査を受けたり何らかの目的で自主的に検査を受けるなどということをしない限り発見されることがなく、周囲に感染を広げてしまいます。
そのため、ワクチン普及以前に比べてますます多くの無症状感染者が出現することが危惧され感染が拡大しやすくなる恐れがあります。

ワクチン接種済みの集団の中に未接種の人が入るリスク

ワクチン接種済みの感染者はワクチンという防弾チョッキを身にまとっているため無症状なことが多いわけですが無症状でも他者に感染させる力を持っています。
このような感染者とワクチン未接種でノーガードの人が接触することには危険が伴うと言えます。
よく「ワクチン接種済み」または「ワクチン未接種でも検査で陰性が確認されている」という条件を満たす人に対してイベントへの参加を許可する方向で行動制限を解除していけばよいということが言われますが、ワクチン接種済みだとしてもさらに検査で陰性であることが確認されていなければ、ワクチン未接種で検査が陰性の人がそのような集団の中に入り一緒に過ごすリスクは高いと言えます。

イベントに限らず普段の社会生活でも、ワクチン接種済みの無症状感染者が多数いるかもしれない環境というのはワクチン未接種者にとってはとても怖いということになると思われます。

ワクチン接種済みの感染者のウイルス量はワクチン未接種の感染者と同じぐらいであるという報告もあります。

私たちはどんな運命を選ぶのか

結局大多数の国民のワクチン接種が終わっても、 行動制限なし、検査・隔離・追跡なしで with コロナの生活が成り立つのはウイルスが弱毒化してくれたときだけということになりそうです。

アメリカ、イスラエル、イギリスの 100 万人あたりの死者数

ワクチン接種が日本より進んでいるアメリカ、イスラエル、イギリスの 100 万人あたりの死者数(ourworldindata.orgより引用)

これまで私たちの国では行政の力があれば実行可能であり感染症対策の基本でもある「強い行動制限」、「検査・隔離・追跡」をほどんどおこなわず、もっぱら「個人レベルの感染症対策」ばかりに頼ってきました。
また私たちの国の政治の中心にいたのは、簡単な計算でわかるようなことでも理解ができない、または理解しようとしない人たちばかりでした。
定量的な議論ができない、したくないという人ばかりだったわけで、簡単に見積もることができることがいろいろあってもそういうことには関心がなく、実現できるわけがない願望だけにしがみつき、理にかなわない政策決定をし続けて来ました。
たとえば、8月25日の会見でも菅首相は

そして、諸外国はワクチン接種によってかつての日常を取り戻し始めることができているというふうに思っています。

と述べていますが、これは現実とは乖離した認識といえるでしょう。
負けるべくして負け続けてきたといえるわけで、一刻も早く勝てる人達からなるチームへ交代するべきでしょう。

大部分の人に対するワクチン接種が進んでもデルタ株の世界から 2020 年の従来株の世界へ戻れるだけという残念なことになる可能性が高いわけですが、希望がないわけではありません。
ワクチンの効果で感染力を相対的に従来株レベルに落とせるのですから、封じ込めへのハードルが下がるわけです。
強い行動制限、検査・隔離・追跡の徹底を戦略的におこなうことにより有限の時間、おそらく数ヶ月で封じ込めできるはずです。
問題はこの事を意思決定権をもつ政治の世界にいる人と一般の市民が理解するかどうかです。

最後に、この記事に書いてきたようなことをとっくのとおに見通している牧野淳一郎さんの 7 月 23 日の tweet からあり得る選択肢を述べた部分を引用しておきます。

この状況(といっても始めから想定されていたはずだが)にどう対応するか、 というのは理論的には多分以下の3つの極端な可能性がある。 1つは、4-5ヶ月毎にワクチン接種して効果が回復することを期待すること。こ れはもちろん安全性と効果の確認が必要。

もうひとつは、重症化は減るので、ということで自然感染による集団免疫成立に期待すること。第三は、検疫・検査・隔離の強化による封じ込めである。

ワクチン繰り返し接種はイギリスとかそうしそうな感じで、イギリスはさらにロックダウン完全解除であえて感染拡大させる、2番目の自然免疫戦略をとっているようにも見える。

最初の、ワクチンつぎたし戦略の問題点は、仮にn回目のワクチンに効果があり副反応もあまり大きくなかったとしても、そもそもワクチンだけでは集団免疫にならないのでこれは本質的に第二の自然免疫戦略との複合になることである。

要するに人口の有意な部分が新規に感染し、死亡は 0.1-0.2% かもしれないが Long COVID は相当数発生する。さらに、ワクチン接種しなかった人の死亡率はもちろん高いままである(感染率はした人とあんまりかわらない)。私にはこれを選択することは狂気としか思えない。

第三の、検疫・検査・隔離の強化による封じ込めは、要するにワクチンが多少は効いてRが小さくなるんだから、その間にマイルドなロックダウンから検疫・検査・隔離の強化に移行してRを1以下に維持しよう、という戦略である。成功すればもちろん余計な感染者も重症・死亡者も少なく抑えられる。

中国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド等の現在封じ込めに成功している諸国はこちらを目指すことになろう。デルタ株の蔓延でこの戦略も危機にあることも確かだが、だから封じ込めを放棄する、ということにもならないであろう。

狂気でなければこちらを目指すべきで、まあ、最近尾身氏がいってるのもそういう話である。